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1夢は落ちている

“夢ややりたいことはそこらじゅうに落ちている。どこかの「場所」に落ちている。「場所の暗示」に人間は弱い。”

ぼくが尊敬してやまないシリコンバレーで働くエンジニアの方がこんなことをおっしゃっていいました。そして、

ーなんで、洪はやりたいことがそんなにはっきりしてるの? トビタテの人はあんなにやりたいことがはっきりしてるの?

ーおれは自分がやりたいことがわからない。どうしたら見つけられるかもわからない。

ー大学生のあいだに何かしたいんですが or トビタテに出願したいんですが、あの書類を全部埋めれるほどやりたいことがはっきりしていません。

た まにこういう相談を自分宛にされることがあります。私は京大で行われた説明会にも参加したのですが、事務局の方が「この中でやりたいことがまだはっきりし ていない人?」と質問したときに、半数くらいの方が手を挙げていたと思います。そういうときにはわたしはいつも、この言葉を借りて、「夢は落ちているから、何かに特化した街や大学に行くといいことあるよ」とアドバイスすることにしています。昨日、壮行会でたくさんのトビタテの同期に出会うことができたのですが、みんなの話を聞くたびに「(場所に)落ちていた夢を拾ってきた人が多いな」と思いました。

例えば、魚さん、自閉症、自分

 

 2自分が将来について全く心配していない理由

それを共有する前に、みなさんに読んで欲しい記事があります。ぼくが最も尊敬する人の中の一人で、教育×ITに特化したメディアEdsurge社のリードエンジニアである@chibicodeさんのシリコンバレーから日本の高校生への真っ直ぐなメールという記事です。

大事なのは、コミュニティ献できるかどうか

  結論から言うと、ぼくは将来のことを全く心配していません。ぼくは社会人4年目になりますが、それくらいすると、どうやったら社会でうまくやって いけるか少しずつ分かるようになるんですね。なかでも一番役に立った気付きは技術者として生きる以上「能力」も大事ですが、それ以上に「自分がいるコミュ ニティーに貢献できるかどうか」が、成功するか失敗するかを分けるということでした。

  例えばぼくは去年の9月から12月まで、サンフランシスコの少し治安が悪いところにある高校に週1回片道1時間かけて通い、そこの生徒たちにプロ グラミングを教えていました。地域ボランティアみたいなものですね。「今自分が住んでいる場所に貢献できるとしたら何だろう?」と考えていたときに求人を 見て、参加を決めました。このボランティアをやったおかげで、社会貢献に興味があるエンジニアの友達もできましたし、技術カンファレンスに参加したときな ど、自分がどんな人間かを相手に分かりやすく伝えられるようになりました。

  もう一つ例を出すと、2012年から2014年の初めにかけて、ぼくは日本語でブログを書いていました。「海外在住の日本人・海外に興味がある日 本人」が集まるネット上のコミュニティーに属していたので、そこで何か情報を提供できればと書き始めたのがきっかけでした。ブログを通じて友達がたくさん できましたし、何より困ったときに頼れる人の数が、以前の何倍にもなりました。

 最後に、これはぼくの例ではないのですが、親しくしているデザイナーの友人が昨年日本からカナダのバンクーバーに移住し、現地で就職活動を行っています。彼女は留学経験どころか海外に住んだ経験もないのですが、彼女の就活は順調のようです。

  なぜ順調かというと、彼女は現地のデザイナーコミュニティーに積極的に参加し、また貢献しているからです。彼女は自分がデザインしたものを英語で ネット上に公開したり、現地のデザイナーの集会で英語で講演をしたりしていました。その結果、彼女に対していろんな人が、「一緒に仕事したい」と思ってく れるようになったのです。

(中略)

生き残れているのは、助け合っているから

 でも、そうした大変さを乗り越えている人は、何らかのコミュニティーに入っています。

 地域のコミュニティーだったり、同じ分野の専門家が集まるコミュニティーだったり、趣味のコミュニティーだったり、出身国のコミュニティーだったり、ネット上のコミュニティーだったり、いろいろです。

 そして、そのコミュニティー内で、ほかの誰かが困ったときに助けたり、自分が困ったときに助けてもらったりしているのです。一言で言うと、「生き残れているのは、助け合っているから」なんだと思います。

  例えば、米国の学校はIT化が日本より進んでいるのですが、そのためにはソフトウエアに詳しい人材が学校に必要です。そういうポジションに就く人 たちは、第一線では働けなくなった元エンジニアが多いと聞きます。技術者として会社に貢献することは厳しくなっても、自分の子供が通っている学校で「コン ピューターに詳しいおじさん」としてボランティアをした結果、その地区の学校のIT責任者の仕事を得る人もいるようです。まさに「貢献したら、生き残れ た」ということですね。

  さて、なぜぼくが将来のことを不安に思っていないかというと、ぼくは自分が入るべきコミュニティーを判断する力と、入った後そのコミュニティーに 貢献する方法を思いつく力を持っているからです。これからも「困ったなあ」と思うことはたくさんあるでしょうが、そのときに「よし、このコミュニティーに 入って、そしてこうやって貢献しよう」と行動できる自信があります。そうすれば、困ったとしても誰かが助けてくれるのです。この力は失うことはないと思う ので、40代でまだ技術者を続けていたとしても、何とかやっていけるのではないかと思います。年をとったら、年をとったなりの貢献方法を思いつくことがで きるでしょうしね。

最後に

いま私 が「トビタテを友達に勧めるか?」と問われたら、確実に「NO!」。奨学金全額返納になった人を複数知っている。忠実にしっかり留学していたけど、 ちょっとした人生の方向転換があり、そしたら全額返納。彼らはマジのグローバル人材になって「日本」に復讐するんじゃないかね。私ならそうする。

私がワーワーギャンギャンと怒ったり文句ばかり撒き散らかすのは、ものごとをまだ諦めてないから。改善する見込みがないことに、そんな無駄なことはしない。でも、最近は怒りも文句も出てこなくなった。早くトビタテと縁を切りたい。

トビタテの良いところは、学生のうちに日本の官僚システムの弊害を身をもって体験できるところだな。すべてに書類が必要で、なおかつ手続きに時間が掛かる。ザ・官僚システム。

これについても、上記の記事の続きの文章が委曲を尽くしていて、当てはまると思います。

ボランティア精神富な技者が世界で一番けるのはシリコンバレ

  ぼくが尊敬するプログラマーの名言に「Disる前にContribute」という言葉があります。日本語にすると、「貢献してから文句を言え」と いうことです。プログラミングをやっていると、他人の書いたコードを自分のプロジェクトで使うことがよくあります。そのコードに間違いがあって、使いもの にならないようなときに、「こいつのコードは使えない」と文句を言うのではなく、「ここが間違っていたので、直しておきましたよ」と伝えてあげるのが、 「貢献してから文句を言え」ということです。

  あなたが言うように、ネット上で「シリコンバレーはここがクソだ」と発言している人はたくさんいます。もしその人たちが、シリコンバレーを良くし ようと学校でボランティアをしたり、英語で情報を発信したりと、できる限りの貢献をした上で文句を言うのであれば、それは大いに結構です。しかし、そうい う人をぼくはあまり知りません。コミュニティーに何も貢献せずに「苦労している、誰も助けてくれない」と言う人を見ても、「まあそりゃそうだよね」としか コメントのしようがありません。

  たしかにシリコンバレーには問題点も多く、働いていてうんざりするようなこともありますが、それでも「コミュニティーに貢献したい」という人に とっては素晴らしい環境です。それぞれの技術の専門家が集まる集会が毎日のように開催されますし、コードが書けたりデザインができたりする人は、自分の作 品をネット上で誰もが使えるように公開できます。ボランティア精神の豊富な技術者が、世界で一番輝いて、かつ幸せに暮らせているのはシリコンバレーだと断 言していいでしょう。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150501/280672/?P=1 より引用

 

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